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2012年7月23日月曜日

何を考えて、泳ぎ、漕ぎ、走るのか

「長い時間、何を考えて走っているのですか?」というのは、エンデュランス・スポーツのFAQだろう。そしておそらくは、多くの場合、経験のない人にとって納得のできる回答が得られないことが想像できる。少なくとも私は、一般化した形で表現するのが難しいと感じてきた。しかし村上春樹がかなりな感じで、これを言語化している。

たしかに寒い日には、ある程度寒さについて考える。暑い日には、ある程度暑さについて考える。悲しい時には、ある程度悲しさについて考える。楽しいときには、ある程度楽しさについて考える。前にも書いたように、昔起こった出来事を脈絡なく思い出すこともある。ときどき(そういうことはほんのたまにしか起こらないのだが)、小説のちょっとしたアイデアが頭にふと浮かぶこともある。でもそれにも関わらず、実際にはまともなことはほとんど何も考えていない。 (村上春樹「走ることについて語るときに僕の語ること」)

個人的な観測範囲では、これが当たっている、少なくとも妥当である、と考えているランナは多い。だから、村上春樹の文章を基準にして、自分のそこからの離れ具合を考えてみよう。

運動する頻度が少ないので、各種目のスキルが低い。なので、かなり真剣にフォームを意識して、理想との差異を検知し、修正する、ということをしている。そして、これはけっこう忙しい。

たとえば水泳のストロークを考える。自分が想定している理想のフォームがある。右手を入水し、腕を適切であろう方向と角度で伸ばす。そのときに体幹がローリングして傾く。あるところで、ひじの角度をかえながら、これまた理想の軌跡を適切な力加減でストロークする。しばらく伸びてから、ひじを水面に抜き、再び入水する。これが数秒の間に起こる。

たいていの場合、理想的なストロークにならない。ローリングしすぎだったり、腕を伸ばしすぎてたり、軌跡が違ったり、力を入れるタイミングが早かったり遅かったりする。それを検知して、数秒後に訪れる次のストロークで修正する。しかも、右腕が1周する間、
左腕も1周していて、そちらも修正が必要だ。

実際にはこんなに見境なく修正を繰り返すわけにいかない。しばらくはかきはじめを意識しよう、ということで、ある程度まとまった距離のあいだは、かきはじめだけを意識、検知、修正を繰り返す。

これは結構いそがしい。練習中や競技中に、何かを考えているとしたら、その競技のことを考えている。

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